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第98回定例研究会



開催日時:2018年1月26日(金)17:00〜18:00

演 題:木を植えた人たち
    〜虔十、ブフィエ、シュトルム神父〜

講 師:黒澤 勉 氏(岩手医科大学名誉教授)

会 場:岩手大学人文社会科学部1号館2階第1会議室



黒澤氏
講師の黒澤勉氏
 


【発表要旨】
 賢治の作品は道徳的覚醒を促し、社会に奉仕しようとする心を育てる刺激ともなる。賢治は今の言葉で言えばボランティアであった。賢治自身の思想に即して言えば「菩薩」であった。ボランティアとは、人々の幸福のために自分(時間やお金、労力、時には命まで)を犠牲にする(人)ということである。
 筆者は、二戸市という場から、賢治的な実践をしたい—―シュトルム神父を顕彰する文化運動、自然保護や植樹ということに関わる実践をしたい、と考えている。それは賢治に『虔十公園林』があり、ジャン・ジオノに『木を植えた人』(その主人公がブフィエである)という短編小説があり、二戸市に「シュトルム公園林」があるからである。

 シュトルム神父は1915年スイスに生まれ、フリブール大学、グレゴリア大学で哲学を学んだ後、カトリックの司祭となるべくベトレヘム会の神学校で学んだ。1946年、宣教師として中国に渡るも、宣教師追放の難にあって1952年来日、岩手県内各地、特に二戸市において1959年から(帰天された)2004年まで、45年間、二戸カトリック教会で司牧された。その間、『バイブルソングス』の作曲、二戸市の植物図譜の作成、童話集など多彩な文化的活動に励んだ。また「神の御業に倣って」50種類、2000本にも及ぶ樹木をただ一人で植えられた。
 そうした生き方、活動は賢治学会の理事たちの感銘を呼び起こし(筆者は当時、その理事の一人だった)、2000年、宮澤賢治イーハトーブ賞の授与が決定したが、神父はこれを辞退された。筆者はシュトルム神父から洗礼を授けて頂いた不肖の弟子であるが、神父の生活と思想は賢治と共通するものがあると考えている。

 フランスの作家、ジャン・ジオノの『木を植えた人』も、植樹ということを題材としている。、これら3人の生き方や作品、言葉などを比較して理解を深めたい。また、賢治的・シュトルム神父的な精神に立つ文化活動をしたいという夢を筆者はもっている。
ささやかながら昨年、シュトルム神父植樹記念祭を、一昨年には『バイブルソングス』のコンサートなどを実践している。

1『虔十公園林』
 『虔十公園林』は、愚か者にみえ、馬鹿にされていた虔十という少年が死後、美しい公園を残し、人々に幸福を与えた、という話で、そこには目に見えぬ仏の不思議な力が働いている、という宗教的逆説を説いている。この作品は仏教童話で、仏教の深い摂理を説いたものとみることが出来る。
 虔十の遺した公園林は、文字通り公園林ではなく、一種の寓意的な意味を持つものと解釈も出来る。虔十が守り抜いた杉の林、それを賢治の生涯に照らして考えれば、『法華経』とみなすことも可能である。賢治は『法華経』こそ、人々に幸福を与えるものだと信じ、法華経の信仰、実践に全生涯をかけたことは、その遺言や「雨ニモマケズ」手帳でも明らかである。

 虔十は多くの人が指摘するように、賢治自身をそこに託した人物像で、賢治の理想とする人間であり、賢治自身の姿と幾分、重なっている。
 あまり注意されていないことだが、虔十は自然との不可思議とも言いたいような交歓体験の持ち主であり、自然を友としていつも「にこにこ」「はあはあ」と微笑まずにはおれない少年だった。一種の「自然児」「野生児」であった。これも賢治自身の自然体験を虔十に託したものではなかろうか。賢治の法華経信仰は、そうした自然体験と融合したものであり、修験道にも近かった。そうした豊かな自然体験はあふれるような詩作の源泉ともなったと思われる。
 『虔十公園林』の一節には、詩「永訣の朝」の一節と似通ったすがすがしい,美しい自然描写が見られる。素朴な昔話風の物語の中に、そうした詩的な美しい自然描写が挟み込まれていることは、「自然詩人」賢治の魅力もある。

2 小説『木を植えた人』
 短編小説『木を植えた人』は、アルプスのプロヴァンス地方の高地に30年以上にも渡って、ただ一人黙々と樫や楓、?、樺などを植樹し、廃墟のような村を豊かな、人々に健康と幸福をもたらす森林のある村に変えた男の物語である。
 主題はエピグラフで明示されているように、ブフィエという男を通して、ひそかに善行に励み、忍耐強く、謙虚に生きる安らぎと幸福を説いている。
 『虔十公園林』と『木を植えた人』を比較してみると、両者は共に、後の世の人々に幸福をもたらした植樹という行為を題材としている点で共通している。
 しかし、両者には大きな違いもある。第一に前者は杉の木そのものが幸福を与えたというより、その公園林を通して人々に幸福を考えさせるという一種、教育的な機能を持っている、というのに対して、後者は植樹ということが、豊かな森を育て、人々に幸福や希望を与えたというストーリーになっている。
 第二に、主人公として、前者は空想の産物であり、賢治自身の人間像、理想が投影されて、作者と融合している。それに対して、後者において主人公は、客観的、現実的に描かれており、作者から切り離されている。後者は記録、ルポに近く、前者は詩に近い。
 第三に、前者は賢治自らの信仰、仏の摂理が語られているのに対して、後者はキリスト教の信仰、というよりもキリスト教的な教養が、衣装のように作品を包んでいる。

3、シュトルム公園林
 前述したように、シュトルム神父は二戸市の各地に2千本にも近い植樹をされた。直接に植樹をテーマとする物語を書いているわけでないが『子山羊とフランシス』や『幸せの種』などという童話集には、自然への愛情、環境破壊、神(自然)の摂理などといったテーマが取り上げられている。
 筆者は神父に親炙し、その言葉を長年に渡って温めて来た。その中から一つだけ紹介する。

 「私は大きいことをするのが好きです。少しづつでも毎年やっていれば、大きなことになる。神様のやることは大きい。私はこの植林の仕事をして、報酬を得ようとか、人に認められようというのではありません。根本として植林は私にとって、ボランティア活動です」

 「神が天地を創造された、命を与えて下さった。その神に倣って、命を育む」――これが神父の植樹の精紳であった。植樹された後には、「どうか、今、植えた木が神の恵みによって、すくすくと育っていくように」と祈ることを忘れなかった。
 また神父の植樹は、心底からボランテア精神に基づくものだった。「自分を犠牲にする」というキリスト教の教えを信ずる神父の活動は、賢治にも通う「自己犠牲的な」真のボランテアであったと思う。20年にもわたる、2000本の植樹という大事業である。しかも、賢治と同じように、名声も報酬も求めないことにおいて徹底していた。
 神父のひそかな善行を勝手に世に紹介しているのは筆者である。それは本当の善行とは何かを考えたい、神父の存在を世に知らしめることによって各地にそれに倣う活動が広まればよい、と思っているからである。
 神父の語録はまだたくさんある。興味をお持ちの方は、『木を植えた人・二戸のフランシスコ シュトルム神父の生活と思想』(岩手県大船渡市のイー・ピックス出版)をお読みいただければ有難い。

 最後に付け加えて紹介しておきたいことがある。それは二戸駅裏に開設された「とっこの森」のことである。「とっこ」は、仲間が集まって歓談する、という意味の二戸地方の方言で、仲間が里山に集い、歌い、語り、自然に親しみ、遊ぶことで現代人のストレスを解放する場にしたいと夢見て設けられた小さな森である。開設者は元小学校校長の小山田四一さん。小山田さんは、賢治に関心を持つと同時に、シュトルム神父の活動、生きかたにも共し、現在、筆者と共に神父顕彰運動の協力もいただいている。
 「とっこの森」が「シュトルム公園林」と共に広く二戸市民、県民、さらには全国に知られ、学習や体験の場として成長していくことを筆者は願っている。